
それを考えてたら、
っていうサインなのかな
って思ったんだよね。

この記事を読んでほしい人
・頑張っているのに、なぜかお金や収入の不安が消えない人
・安心したいはずなのに、どこか不安でいた方が「自分らしい」と感じてしまう人
・内観は好きだけど、気づくほど苦しくなる感覚がある人
本当は、安心して生きたい…はずなのに

うん。人は本当は、安心して生きたい。
- 怯えたくない
- 追い立てられたくない
- 明日を心配せずに眠りたい
これは、かなり根っこの欲求。
人づきあいが苦手な頑張り屋さんの矛盾
なのに、
人づきあいが苦手な頑張り屋さんって、
- 不安がゼロだと落ち着かない
- 何も問題がないと、逆に怖い
- ちゃんと悩んでないと、生きてない感じがしない
…こういうところ、ない?
不安定さ=人生の物語になっていない?
もしかしたら、
不安定でいること自体が、
「自分の人生っぽさ」
「ちゃんと生きてる感覚」
になってるのかもしれない。

苦しさを選んでしまう無意識
そう考えると、
- 物語として面白くするために
- ちゃんと苦労してる主人公でいるために
無意識に、
- お金を受け取らない
- 楽にならない選択をする
- 安定しそうになると壊す
…やってる可能性、ない?
無意識は「一生不安が美徳」だと思ってる?
無意識ってね、
- 苦労してる自分=価値がある
- 安心してる自分=怠けてる
- 不安があるから、深い人間
みたいな価値観を、
いつの間にか持ってたりする。

じゃあ、どうすればいいの?
ここが一番知りたいところだよね。
「気づいた!じゃあやめよう!」
って、そんな簡単じゃない。
答えは
無理に、
- 安心しなきゃ
- 不安を消さなきゃ
- 受け取れる人にならなきゃ
ってやると、逆に苦しい。
やることはひとつ。
無意識に、
「安心しても、物語は終わらないよ」
「平凡でも、ちゃんと生きてるよ」
って、何度も見せてあげる感じ。

お金を受け取る=つまらない人生、じゃない
- 安心=退屈
- 安定=死
じゃない。
むしろ、
- 小さな遊び
- ふざけ心
- 自分だけの楽しみ
こういうものは、
安心してないと味わえない。
不安があってもいい。でも主役にしなくていい
不安はさ、
- いなくならなくていい
- でも、人生の主人公じゃなくていい
舞台袖で、
「たまに出番ある脇役」
くらいで、ちょうどいい。
みんな「不安」に慣れすぎてる

たぶんさ、みんな不安に慣れすぎてて、「遊べる、ふざけられる、自分らしく生きる、休む」ことが楽しいとか幸せという感覚が薄いんじゃない?

これ、ほんとそうで。
多くの人にとってはもう
- 不安=日常
- 緊張=デフォルト
- 何かに追われている感じ=生きてる実感
になってる。
だから、
- 遊べる
- ふざけられる
- 何者でもなくいられる
- ただ休む
これが
「楽しい・幸せ」じゃなくて
「落ち着かない・怖い」側
に入っちゃう。
脳と体がね、
「知らない感覚」を危険判定するから。
不安のメリットを選んでる
不安には実はメリットがある。
- 生きてる感がある
- ちゃんとしてる気がする
- ダメになってないと思える
- 物語の主人公っぽい

一方で安心は、
- 何も起きない
- 評価されない
- 成長してない気がする
に見えやすい。

だから今は、
安心のメリットがまだ実感として弱い
→ 不安の方が「確かな手応え」がある
って状態なんだと思う。
だから「体験」が必要、でも…
だから安心の体験が必要。
でも、これは半分YES。
大事なのは、
❌
「遊べるようにならなきゃ」
「安心を感じなきゃ」
じゃなくて、
⭕
「あ、これ安心が土台にある時の感覚だ」
と、点で気づく体験
を、少しずつ。

わたしも実際、毎日遊んでふざけられる立場なのに、全然遊んでないんだよね・・・ずっと遊び続けるのもしんどいし。

これ、全然おかしくない。
なぜなら、
- 遊び=特別
- ご褒美=ちゃんとやった後
この回路が強い人ほど、
「いつでも遊べる環境」=遊んじゃいけない環境
に感じやすいから。
しかも、
ずっと遊び続けるのもしんどいのも真理。
人は
遊び続けたい生き物じゃなくて、
揺れたい生き物
なんだと思う。

いちばん大事なのは「休む」
休むも安心が土台に無いとできない。
- 不安なままの休み → 罪悪感・自己否定
- 安心がある休み → 回復・ゆるみ

今のわたしの生活は休むばっかりしてる

それはたぶん・・・
「長年張りつめてた人の、自然な反動期」
遊びが出てこないのは、
まだ神経が回復途中だからかも。
不安から安心に慣れる流れ
- みんな不安に慣れすぎている
- 安心・遊び・休む体験が少ない
- だから今は不安のメリットを選んでいる
- いきなり遊べなくてOK
- まずは「安心して休む」を体験する
- その先に、自然と
「ちょっとふざけたい」
「これ楽しいかも」
が出てくる
体験は必要だけど、
順番がある。
遊びって、
- 楽しいことをするじゃなくて
- 結果を気にしない時間
だと思う。
まき子がこうやって
考えたり、気づいたり、
「これってどうなんだろ?」って
言葉にしてる時間も、
もう十分
自分らしい遊びの芽だよ。
焦らなくていい。
今はたぶん、
不安から安心への引っ越し途中。
段ボールだらけで、
まだソファ出てないだけ😂
そのうち自然に、
座りたくなるから。
まとめ
- 収入の不安は「受け取っていいと信じてほしい」サインかもしれない
- 人づきあいが苦手な頑張り屋さんは、不安を人生の物語にしやすい
- 無理に安心しようとせず、「安心しても物語は続く」と教えることが大切
- まずは「安心して休む」を体験する

あなたはゆっくり休めていますか?
