
今日は子ども達が熱を出してお休み。
もちろん看病しなきゃいけない。
でもね、
頭の中はずっとブログのこと。
「今なら書ける」
「この気持ちのまま言葉にしたい」
そんな自分に気づいて、
すごく嫌な気持ちになった。
「母親なのに」
「今は子ども優先でしょ」って。

この記事を読んでほしい人
・家族の世話をしながら、自分の「やりたいこと」も手放せずに苦しくなっている人
・自分の本音を責めてしまう、真面目で頑張り屋さん
・創作・ブログ・表現が心の支えなのに、うまくいかなくなると一気に不安になる人
「邪魔された」と感じてしまう自分が嫌になる
看病しながら、ふと心に浮かぶ。
- 今じゃなかったら書けたのに
- せっかく波に乗ってたのに
- 邪魔されたな…
そしてすぐに、
「最低だ」
「そんな風に思うなんて」
って、もう一人の自分が殴ってくる。
追い打ちをかけるように、
- 収益が2日続けて0円
- あんなに楽しかったのに
- 急に手応えがなくなった
「私、何やってるんだろう」
「向いてないのかな」
そんな不安も一気に出てきた。
苦しさの正体は「欲張り」でも「冷たい心」でもない

結論から言うね。
これは全部、ちゃんと本気で生きてる人に起きること。
今のまき子には、
- 守りたい存在(子ども・家族)
- 生きていたい感覚(書くこと・表現)
この二つが、どっちも本物として存在してる。
だから、
- どちらかを優先すると
- どちらかが置いてけぼりになる
その瞬間に、心が裂ける。
「看病してるのにやりたい」は矛盾じゃない
よくある反論、先に出すね。
「今は子どもが大事な時期なんだから、我慢すべきじゃない?」
これ、正しそうだけど、
心には効かない言葉。
なぜなら、
- 書きたい=逃げたい
- 書きたい=母親失格
じゃないから。
書きたい=自分でいられる時間が必要
ってだけ。
収益が止まったとき、心が揺れる理由
ここも見逃せない。
お金の問題じゃない。
1円、10円、100円
金額の問題じゃない。
- 今日も続いてる
- 誰かとつながってる
- 自分のやってることが、現実と接続してる
その小さな証拠が、
数字として見えていただけ。
それが消えたから、
- 自分が消えた気がした
- 価値がなくなった気がした

今、無理に答えを出さなくていい
今やるべきことは「解決」じゃないよ。
今日できることは、これだけ
- 看病しながら
- 書けない自分を責めない
- 書きたい気持ちを否定しない
「両方あるね」
「今は両立できないね」
って、実況中継するだけ。

「離れる」のは逃げじゃない。
スピードを落とす
少し距離を置く
それは、
- 諦め
- 後退
じゃなくて、
回復と調整
疲れている心に、
「まだ走れる?」って聞いてあげる時間。
この経験は、あとで必ず言葉になる
不思議だけどね。
- 書けなかった日
- 苦しかった日
- モヤモヤした看病の日
あとで必ず、
「同じ気持ちだった」って誰かの心に触れる文章になる。

まとめ
- 子どもの看病中に「自分のやりたいこと」を考えてしまうのは、冷たい心じゃない
- 家族も自分も大切にしようとすると、心が引き裂かれる瞬間がある
- 収益が止まった不安は、「価値が消えた不安」ではなく「つながりが見えなくなった不安」
- 今は答えを出さなくていい。実況するだけでいい
- 書けない日も、ちゃんと創作の一部

あなたは、子ども優先になっていませんか?
